ヨハネの手紙一４：７－１１　「愛としての信仰」

　　知恵遅れ女の話
　　一人の知恵遅れの女の子が施設で暮していました。ある日、施設の先生が彼女に算数を教えようと思いました。その時、五百円、百円、十円玉を並べ、「はい、この中で一番大きなお金はどれ」と聞いたのです。この先生は、当然これくらは分かっていて五百円というだろうと思っていたが、先生の予想を裏切って、彼女は「これ」と十円玉を指したのです。

　　そこで先生は「そうじゃないでしょ。この一番大きい五百円玉でしょ」と言ってから「もう一度聞くよ。一番大切なお金はどれ」と尋ねると、やはり「これ」と十円玉を指したそうです。何度も繰り返しても同じことになってしまたので、先生はここまで教えて来たことが無駄に終わるのではないだろうかと思いながら、「どうしてこれが一番大切なの」とその理由を聞いてみると、「だって、これを電話の中に入れると、お母さんの声が聞けるんだもん」と言う答えが返ってきたそうです。

　　非常に感動的な答えだと思います。この女の子が電話をかけると、受話器の向こう側からお母さんの声が聞こえて、「いいかい、食べ過ぎるんじゃないよ。よく眠るんだよ。先生の言うことをちゃんと聞くんだよ」と、娘の無事を願い、成長を願う母親の心遣いが届きます。お母さんの「愛の言葉」が伝わって来るので、電話の声を通して、お母さんの愛を感じることができるから、この女の子はこの電話をかけられる十円玉が大好きだったわけです。

　　聖書の思想
　　聖書が私たち教えているのはただ一つだと思います。それは、「罪人である人間への神様の無限な愛」ではないでしょうか。神様に愛されていることを、私たち聖書を通して感じられるのです。聖書が言う歴史というのは、「神様の愛の歴史」だということも言えると思います。聖書を通して私たちが確認できるのは、「神様のみ前で私たちは高価で尊い存在である」ということではないでしょうか。神様ご自身は「愛」その者であるからです。

　　神様から召されたこと
　　聖書に出て来る多くの人々、彼らは皆、神様に愛された者でした。アブラハムが神様から特別に召されたこと、ノアが箱舟建築を命じられ完成したこと、あるいはイスラエル民族がエジプトから脱出後、彼らの荒野での生活をみると、そこには神様の無限な愛に導かれたと言えます。あくまでも彼らは神様に召された民だったのです。神様に対してつぶやきも、不平も言ったのですが、ある時には不信仰的な行いをもしたのですが、神様は彼らを見捨てることはなさいませんでした。彼らは神様のみ前で高価で尊い存在、また宝だったからです。

　　神様から召された私たち、キリスト者となったことは果たして何を意味するのでしょうか。神様から罪が赦され、救われ、清められたことを意味します。そして神様から信仰が与えら、信仰によって神様との人格的な交わりを持つことができたということも意味するのだというふうに考えられます。確かにその通りなのです。

　　神様から与えられた信仰による祝福は大きく分けて四つあるのです。まず第一、主と共に生活が出来るようになったこと。第二、毎日主と共に歩むことができたこと。第三、どんなことがあっても絶対に神様から見捨てられない者になったこと。そして第四は、神様のみ前で、高価で尊い者になったこと。これらが神様よりキリスト者となった私たちに与えられた四つの大きな祝福なのです。どうしてこのような祝福が与えられるのでしょうか。それは、私たちが神様に愛されているからなのです。「愛そのもの」である神様が、その独り子をお与えになったほどに、私たちを愛され、永遠の命を与えるためなのです。

　　信仰は愛から
　　私は最近「永遠の命」について考えたことがあるのです。私自身、イエス・キリストのみ業によって、神様に永遠の命が与えられたことは、ただ天国での生活それだけを意味するのではないと思うようになったのです。私たちが天国でとこしえに生きていけることは、神様に永遠に愛されることを意味するのではないか、と示されたのです。こういう事実から信仰は芽生え、信仰を持つことが出来るようになったのです。ですから、「信仰は私たちに対する神様の愛を知り、その無限な愛の中に居り、罪によって死ぬべき者であった私たちが『愛』によって新しい命が与えられ、そして今は神様の愛によって生かされている」という事実を認めることから始まるものだと考えられます。

　　使徒ヨハネは私たちが神様に愛されたこと、今現在も愛しつづけられるのを「神様の内に止まること」（ヨハネの手紙第一４：１６）であると言っています。これをヨハネは私たちが神様の子供となった（５：4）と表現しています。神様の人格を愛から体験することができ、そこから神様に対する信頼が芽生え、それによって信仰が形成され、信仰者として出発ができるようになった、ということがヨハネの教えなのです。7節でヨハネは「愛は神から出るもので、愛するものは皆、神から生まれ、神を知っているからです」と。ですから、「信仰は愛」なのです。神様を信じることは、神様の愛を体験することであり、その愛の中で生きていくこと、さらに、神様を愛することなのです。

　　信仰の成長の根拠
　　ヨハネは、キリスト者同志が互いに愛し合うべきである、と教えているのです。7節で、「愛する者たち、互いに愛し合いましょう」。また11節で「愛する者たち、神がこのように私たちを愛されたのですから、私たちも互いに愛し合うべきなのです」と言っております。もちろん、神様から愛された私たちが神を愛し、また隣人を愛すること、さらにキリスト者同志を愛することは当然なことなのです。これはまた、聖書が教えている神様のみ心で、救われたキリスト者としての義務なのです。しかしながら、ただこれだけではいけないと思います。どうして、神様は私たちに「愛を求めている」のでしょうか。神様が私たちの愛を必要しているからでしょうか。あるいは、神様を愛する人間がいないからでしょうか。そうではありませんね。

　　神様が、私たちに愛し合いなさいということを求めているのは、私たちの信仰のたねなのです。7節で「愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです」と書かれております。これは、信仰は神様を学んでいくことだということなのです。神様の人格を私たちが身につけること、これが信仰の究極的な目的となるべきなのです。私たちは愛することを通して、神様の御心を分かり、私たちの人格が神様の人格へと変えること、毎日少しずつ変えさせられていくこと、これが信仰生活であり、信仰が成長していくことなのです。「愛」によって出会った神様の人格を学んでいくことが大切ですので、それゆえ神様は私たちに「愛」を求めているのです。信仰の成長お根拠は、愛する
ことなのです。

　　人間の現状：自己本位
　　ユダヤの哲学者、マルチン・ブーバーは『我と汝』という本で、私たち人間の生活における人間関係には、2種類のものがあると言ったのです。一つは「我とそれ」という関係であり、もう一つは「我と汝」という関係なのです。これをイエスの放蕩息子の例え話の中では、息子がはじめ、早く財産を分けて欲しいと言った時の、息子と父の関係、お金がある間だけ付き合っていた息子と友たちの関係のように、相手を自分のために使う道具のようにみているのが「我とそれ」なのです。

　　人間というのは、たいていは自己本位で、あまり深く他人のことなどは考えたりしませんね。現実の人間関係も、そういう自分本位の人たちの集まりのことなのです。人間は堕落した者ですから、本来の人間性が欠如しているので、人間関係が「我と汝」という人格的な出会いはなかなか難しいのです。これが今日の社会であり、その中で生きている私たちの姿ではないでしょうか。

　　人間の現状：愛を求めている
最近、出版された書物の中で、土居健郎『続「甘え」の構造』という本があります。この本の著者は精神医学者です。彼は過去数年間患者たちを調査して結果、人間は皆「甘え」をもっているという結論に至り、それをまとめて書いたものなのです。皆さんもご存知だと思いますが、「甘え」というのは「相手が許してくれるだろうということを期待して、節度を越えた行動」を意味します。この概念からすると「甘え」というのは、イギリスの作家であったC.Sルイスの言った「求める愛」（Need Love）に相当するものではないかと思います。言い換えれば、人間は皆、「愛」を求め続けている存在だと言えます。

　　愛の使徒として
　　私たちに与えられた神様の愛、また私たちが体験した神様の愛というのは、人間の知識をはるかに超える愛なのです。神様に愛されているのは、神様の愛にしっかりと立っているものである（エフェソ２：１７）ということを指すのです。先ほど述べた通りに、私たちは自己本位の社会で、神様の愛、すなわちイエス・キリストの十字架のみ業によってキリスト者として導かれ、神様の僕として遣わされているのです。これは、私たちが「愛の使徒」となったということなのです。ホセアという預言者が神様から愛の預言者として召されたことと同じように、パウロが自分の同胞の救いのために、心深く悲しんだ（ローマ９：１－２）と同じように、私たちは「愛の使徒」としての信仰が要求されるのです。神様がお独り子を世にお使わしになったことによって、私たちの内に示された愛（ヨハネの手紙一４：9）、私たちの内に示された愛の土台に形成された信仰である「愛としての信仰」をもつことが、エゴイズムという病に蝕まれている社会の中でただ一つの答えではないでしょうか。これによって私たちは、いまだかつて神様を見たことがない人々、神様に出会ったことがない人々に、私たちを通して神様の愛を示すことが出来るからです。