フィリピの信徒への手紙１：１２－２６　　　　神の喜び　　　　
詩篇１１８：５－１６



　　問題の所在
　　人間とうのは「環境に支配されやすい存在である」とよく言われています。自分自身にとって、いいことがあれば、喜びますが、そうではない場合にはすぐに落ち込んでしまう傾向があるのです。また、他の人と比べて、自分自身を悲しめる傾向をもあることは事実ではないでしょうか。そのような「悲しみ」という、いわば「自分が作ってしまった泥沼」の中で迷ってしまうのです。

　　本日は、フィリピの信徒への手紙１：１２－２６を中心にこのような問題に対する聖書の答えを聞いて参りたいと思います。
　　
　　
　　フィリピの信徒への手紙１：１２－２６の内容
　　フィリピの信徒への手紙１：１２－２６の内容は「パウロの希望と喜び」だということが出来ると思います。この箇所の中心的な節は１：１２です。「兄弟たち、わたしの身に起こったことが、かえって福音の前進に役に立ったと知ってほしい」。そして、この箇所を三つに分けることができると思います。まず①は、１：１２－１４までです。パウロの監禁に伴う結果です。②は、１：１５－１８までです。そこには、福音伝道に対する様々な動機について書いてあるのです。③は、１：１９－２６までです。そこには生きることと死ぬことに対するパウロの確信が書いてあるのです。

　　福音の前進（１２－１４）
　　パウロは１２節において「福音の前進に役に立ったと知ってほしい」と言いましたが、彼のいう「知ってほしいこと」は、１３－１４に書いてあるのです。「わたしが、監禁されているのは、キリストのためであると、兵営全体、その他すべての人々に知れ渡り、主に結ばれた兄弟たちの中で、多くの者が、わたしの捕らわれているのをみて、確信を得、恐れることなく、ますます勇敢に御言葉を語るようになったのです」。

　　パウロは伝道者でした。彼はある地域に止まって伝道した人ではなく、いわば巡回伝道者でした。そういったパウロにとって一番重要なのは「自由」に伝道できる環境なのです。しかし、今パウロはローマの牢に監禁されています。彼が監禁されたことは自由が制限されたことであり、その自由が制限されることによって、伝道者としての働きはまったくできなくなるのであります。ある意味で伝道者として失格を意味するかみしれませんし、人間的な目からみれば福音伝道の終わりを告げる事柄を意味するかもしれません。
　　
　　しかし、パウロはむしろ喜びをもって自分の監禁を知ってほしいと大胆に語っているのです。それは、「主に結ばれた兄弟たちの中で、多くの者が、わたしの捕らわれているのをみて、確信を得、恐れることなく、ますます勇敢に御言葉を語るようになった」からです。フィリピの人々、つまりユダヤ人からみれば異邦人が、キリストの証人となったのであります。パウロ自身が伝道者として自由に働くことより、最も多くの結果がパウロの監禁を通じて起こったのであります。神はパウロの監禁を福音伝道のために用いていたのです。パウロの監禁は福音の前進のための「神の御心」だったのです。

　　テモテの手紙二２：９においてパウロはこう語っているのです。「この福音のためにわたしは苦しみを受け、ついに犯罪人のようにくさりにつながれています。しかし、神の言葉はつながれていません」。つまし、神の福音伝道の計画、その実行は人間が定めた障害物、あるいは「くさり」といった「環境」に捕らえることはないのです。福音宣教の主体は、特定な人間ではなく神なのです。それゆえ、神によって行われる福音宣教は、障害物があるにもかかわらず、必ず勝利をするのです。


　　福音伝道に対する様々な動機（１５－１８）
　　１５－１７ですが、そこでパウロは福音伝道に対する様々な動機について語っているのです。「キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば、善意でするものもいます」。パウロのいう「ねたみと争いの念」というのは、「自分の利益を求めて、不純な動機」（１７節）で伝道することを指すのであるのです。そして「善意」というのは「愛の動機」（１６節）に基づいて行われる伝道を指すと思います。

　　１７節については学者たちの様々な解釈があるのです。代表的な注釈をあげると、「ねたみと争いの念」による伝道は、自分が属している派の利益のための行う伝道活動だということなのです。これについては、こう考えることができると思います。教会に色々な派閥があって、自分たちの派閥を大きくさせるために、競争意識をもって伝道することなのです。あるいは、自分の名を高めるため、すなわち「わたしはこんなに多くの人々に伝道しました」といった考えに基づいた伝道なのです。「悪い満足感」をもって行われる伝道活動とも言えるでしょう。

　　これに対して「愛の動機」に基づいた伝道はただ「福音」のみを弁明するのです。「弁明」というのは「apologia」というのですが、それは単なる責任を回避するための「弁明」ではなくて、むしろ積極的な意味で、相手の間違った理解を正しくするための「弁証」なのです。福音を「弁証」するとき、その動機はキリストの愛によるものであり、そこにはキリストから伝道者として立てられたことが働いているのです。１：７でパウロが言っているように、「神の恵みにあずかっている者と思って、それを心に留めている」からなのです。

　　１８節です。「だが、それがなんであろう。口実であれ、真実であれ、とにかくキリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜んでいます」。パウロは、教会の中で起きた分裂は、教会の存立を危うくさせる分裂ではなくて、それはいわば「忠誠の分裂」だというのです。パウロからみれば、「自分の利益を求めて伝道する」人たちも、神の福音宣教の前進のために用いられている「神の道具」だったのです。彼らも、神に「忠誠」するために、福音宣教に携わっていたのです。それゆえ、パウロはそれを自分の「喜び」と言って評価しているのです。

　　パウロは「悪い満足感」による伝道を否定でも肯定でもしているのではないのです。評価は神がなされることであって、現実的にはいくら動機が不純であっても、それを通して神が福音宣教をなされているのであれば、それも神の用いる道具である、ということを言っているのです。動機、そのものは批判されるものであっても、メッセージの内容を批判してはいけない、ということをパウロは言っているのです。

　　先週、東京で国際マラソン大会が開かれましたが、４２，１９５kmを走る選手たちをみると、皆、走り方はそれぞれですね。自分の体に似合う走り方を身につけて、走るのですね。いい結果を残した選手の走り方を自分の走り方にすると、必ず成功するとは言えませんね。走り方は違うのですが、目標は皆、同じでしょう。それは、完走することと、いい結果を残すことなのです。自分と違う走り方だから、批判する必要はないのです。

　　教会における福音宣教はマラソン先週の走り方と似ているものだと思います。伝えようとする内容は同じです。それは、イエス・キリストの十字架の恵みです。それを、自分が理解した、あるいは教会独特の蓄積されてきた方法があると思います。それに基づいて神の福音をうまく伝えばいいですね。そのために、まねすることは必要と思いますが、単に、まねすることに止まるのではなくて、新しく創造するためにまねすることが求められるのではないでしょうか。


　　パウロの確信（１９－２６）
　　１８節のパウロの告白「だが、それがなんであろう。口実であれ、真実であれ、とにかくキリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜んでいます」という考えは、パウロをして「生きることと死ぬことに対する確信」に至る動機になるのです。パウロの切なる願いと喜びは「キリストが尊くあがめられること」だったのです。２０－２１ですが、パウロの覚悟を読み取ることができると思います。「どんなときにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然あがめられるように節に願い、希望しています。わたしにとって、生きることはキリストであり、死ぬことは利益なのです」。このような生と死に対する考えはパウロが一生涯、貫いていたことなのです。

　　ローマの信徒への手紙１４：７－８においてパウロは、似たようなことを語っているのです。「わたしたちの中には、誰一人自分のために生きる人はなく、だれ一人自分のために死ぬ人もいません。わたしたちは、生きるとすれば、主にために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。したがって、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです」。ガラ手ヤの信徒への手紙２：１９－２０においても似たようなことを言っています。「わたしはキリストと共に十字架に付けられています。生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きていることは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです」。福音宣教の前進のためであるならば、パウロは死ぬこと自体を「利益」としたのです。パウロの唯一の存在理由は「キリスト」だったのです。こうした考えがまた、パウロをして伝道者として献身つづけさせたのであります。

　　２４－２５節です。「肉に止まる方が、あなたがたのためにもっと必要です。こう確信していますから、あなたがたの信仰を深めて喜びをもたらすように、いつもあなたがた一
同と共にいることになるでしょう」。彼は、生きることに執着してないのです。いつも神の御胸に従うことが、生きることよりもっとも大事なことだったのです。パウロにとって生きることと死ぬことは、福音の前進のための一つの「手段」に過ぎないものであって、キリストと共にいることがパウロの「本当の希望」だったからです。この「希望」がパウロの「喜び」の元だったのです。人間的なものに頼らず、つねに避けところにしていたパウロの信仰を伺うことができるのであります。

　　教会が、あるいはキリスト者が失望、あるいは落ち込む理由の中には、神に頼ることをしないで、人間に頼ることがあるのではないかと思います。人間に希望を置くから、希望のとおりにならないとき、落ち込んでしまうのであります。そして、その人間が何もやってくれなかったと憎むのです。人間を立てる方は神であり、その人間を用いる方も神であります。この事実に常に立ち返ると、信仰的な過ちを犯すことはしないと思います。

　　また、わたしたちは「自分」という存在に何らかの希望を置くのですね。自分を信じるという傾向があるのでしょう。もちろん、これは大切なことだと思います。しかし、自身を信じることが神を信じることより大きいものであるならば、それは神を信じることではなく、神を「自身の信仰」のために道具として用いることになるでしょう。わたしたちの生活の中で優先されるべきこと、またわたしたちの生きることと死ぬことにおいて、優先されるべきことは、神の御胸であり、神の意志なのです。欲望、なってほしいということを先に出すから、それが満たされないときに、落ち込んでしまうのではありませんでしょうか。

　　パウロのいう「どんなときにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然あがめられるように節に願い、希望しています。わたしにとって、生きることはキリストであり、死ぬことは利益なのです」ということは、生に対する断念、あるいは生きることを諦めることではなく、キリスト者の信仰の前進は神にあることの意味であり、そこでキリスト者にとっての神の喜びがある、その喜びを自分のものとすることができる、という意味でなのです。

　　共に神の喜びをもって参りたいと切に願うわけであります。