フィリピの信徒への手紙１：３－１１　　　　　感謝と祈り　　　
詩篇１００：１－５


　　今月は、新約聖書の中で「喜びの書簡」と知られているフィリピの信徒への手紙を学び、キリスト者にとって「喜びとは何か」といった問いかけに対して、聖書からの答えをいただきたく願うのであります。ご存知のように、この書簡はパウロがローマの監獄に監禁されていたときに、フィリピ教会に送られた手紙です。それにもかかわらず、パウロはキリストにある「喜び」について語っているのです。何が、彼をして「喜び」を語らせたのだろうか。また、神の「喜び」とは何なんだろうか。さらに、どうしてキリスト者は「常に喜ぶべきだろうか」。こういったことを問いつつ、フィリピの信徒への手紙を読んで参りたく願うのであります。


　　フィリピにある教会
　　フィリピに教会が立てられた次第については使徒言行録１６：１２以下に詳しく書いてあるのです。「そこから、マケドニア州第一区の都市で、ローマの植民都市であるフィリピに行った」。フィリピという町は、「マケドニア州第一区の都市」で、「ローマの植民地」だったとあるのです。「マケドニア州第一区の都市」ということは、マケドニア州、つまり、今のギリシャの首都という意味ではなく、アジアからヨーロッパに渡るとき、最初に着く都市といった意味なのです。そして、紀元前１６８年にローマの植民地になったと知られております。

　　一つにきっかけは、パウロとある婦人との出会いです。パウロ一行は、ここで「リィでリア」という婦人に出会うのです。パウロの話を注意深く聞いた「リディア」はキリストを信じるようになり、ついには彼女の家族が洗礼を受けるのです（１３－１５）。

　　もう一つのきっかけは、１６：１６－４０に書いてあるのです。パウロは、占い霊に取り付かれている女奴隷を癒すのです。それが原因で、パウロは牢に投げ込まれるのですが、牢の看守が回心して、その家族も神を信じるようになります。フィリピの教会はおそらく、この家族の信仰が土台になって、立てられたと思います。


　　パウロの感謝（５－６）
　　３－４です。「わたしは、あなたがたのことを思い起こす度に、わたしの神に感謝し、あなたがた一同のために祈る度に、いつも喜びをもって祈っています」。パウロにとってフィリピの教会の人々は、感謝と祈りの元です。パウロが５節で述べてりうように、パウロの感謝の理由は、フィリピにある教会が「福音にあずかっている」からです。「それは、あなたがたが最初の日から今日まで、福音にあずかっているからです」（５－６）。「福音にあずかっている」ことは「交わりをさせていただいている」ことの意味です。ギリシャ語の聖書によると、koinonia eis to yuanngerion とあるように、「福音の中での交わり」といった意味です。

　　キリスト者にとって「交わり」というのは、単なる人間的な出会い、あるいはめぐり合いといったものではないのです。また、この世で言う「交わり」というとき、ともに短い時間をすごすといった意味でもないと思います。確かに、これらも「交わり」ともいえるですが、聖書のいう意味での「交わり」とは根本的に異なるものです。わたしたちにとって、「交わり」というのは、「ある人とともに、あるものの中に、共通的に参与すること」なのです。

　　パウロとフィリピにある教会の人々は「福音」（１：５）を共通的に所有しているのです。また、彼らは２：１節にあるように、聖霊によって交わりが与えられました。けれども、よく考えてみますと、聖霊、福音をわたしたちが所有しているのではなく、むしろ、福音によって神の所有になり、聖霊の働きによって、交わりが「許された」あるいは「許されている」のであります。「許されている」から、「交わり」は「神の恵み」なのです。

      私たちは、交わりを通じて、互いに罪を告白します。赦し合うことができるのです。その小さな行為を通じてまた、キリストの贖罪の恵みを体験することができるのです。互いの愛の告白によってキリストにある恵みの喜びが与えられるのです。

     ６節です。「あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています」とパウロは語っているのです。ここに「神の善い業」というのは「神の交わり」と解釈しても何の不思議ではないと思います。神との交わりが神の恵みであるならば、それは神の業だからです。パウロとフィリピにある教会との交わりは、パウロ自身がフィリピで伝道しているときだけのものではなくて、パウロがフィリピから離れたときにも、ずっと続けられたものだったのです。コリント信徒への手紙８－９章によると、フィリピの教会は、パウロの伝道の働きを助けるために、わずかな金額だったのですが、献金をしていたのです。パウロとフィリピにある教会との交わりは、神の働きによって成し遂げられていたのです。

      キリストの福音にあるコイノニアは一時的なものではないのです。それは、時間と空間を越え、永遠にいたるまで続けられるものなのです。もし、コイノニアが人間的な思いで始められたものであるならば、状況が変わると交わりも断絶されてしまうのです。共通的な目的が成し遂げられたら、また互いに、これ以上、要らないと判断されたら、交わりはそこで終わりを告げるのです。

      しかし、私たちの交わりは神の働きによって与えられた「神の恵み」なのです。始められた方は神であり、それを成し遂げられる方も神なのです。つまり、パウロが「あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると」言っているように、キリスト者の交わりというのは「神の救済の歴史」の中で与えられたものなのです。神が歴史の持ち主である以上、キリスト者の交わりは永遠に続けられるのです。権力、歴史、特定の人間がそれを断絶させることはできなのです。神の手に委ねられているのです。神の働きによって交わりは豊かな実を結ぶのです。


      福音に与っている（７）
     パウロはフィリピにある教会を「福音に与っている教会」と褒めているのです。「わたしがあなたがた一同についてこのように考えるのは、当然です。というのは、監禁されているときも、福音を弁明し立証するときも、あなたがた一同のことを、共に恵みにあずかる者と思って心に留めているからです」。

      パウロが「わたしがあなたがた一同についてこのように考えるのは、当然です」と言っていることは、６節のことだと思います。神が、神がパウロとフィリピにある教会を「交わり」というもので結んでくださったのは、「福音宣教」のためなのです。「監禁されているとき」、「福音を弁明し立証するとき」は、パウロの福音宣教を指すのです。福音宣教を全うするために、働くパウロのために、フィリピにある教会は、後ろで助けたのです。パウロの宣教を励ました教会であり、パウロの福音宣教を励んだ教会であったのです。両者はともにキリストの福音のために、苦しみを受けていたのです。ともに福音宣教の進展のために、戦っていたのです。ともに福音を宣べ伝えていたのです。パウロとフィリピにある教会は共に福音に与っていたのです。

      先ほど、キリストにある交わりは「時間と空間を越える神の恵み」であることを申しました。わたしたちが神と交わりをもつようになったことは「神の関心」の対象であることの意味です。関心は知的な意味での関心ではなく、心のそこからの関心なのです。居場所が違ってでも、心で関心をもつこと、これが交わりであります。心の中では一つなのです。「兄弟たち、わたしは、あなたがたからしばらく引き離されていたので、顔を見ないというだけで、心が離れていたわけではないのですが」（テサロニケの信徒への手紙一２：１７）とあるように、神の交わりはキリスト者を一つに結んでくれるのです。そして、ともに福音のために、働き、喜びや苦しみを分かち合い、ともに福音宣教のために戦うのです。


　　パウロの祈り（８－１１）
　　８－１１ですが、パウロはフィリピにある教会のために祈るのです。彼の祈りは「キリスト・イエスの愛の心」に基づいた祈りです。「愛の心」といのは「心臓」「内臓」という意味です。ユダヤ人は「心臓」が人間の「感情の座所」と考えていたのです。喜び、苦しみといった感情の源が「心臓」だと考えていたのです。エレミヤ書４：１９「わたしのはらわたよ。はらわたよ。わたしはもだえる。心臓の壁よ。わたしの心臓はうめく。わたしはもくしていられない。わたしの魂は、角笛の響き、ときの声を聞く」。イザヤ書６３：１５では「神の熱情」と書いてあるのです。

　　パウロの祈りはフィリピにある教会に対する愛情の表現でした。「キリスト・イエスの愛の心」で愛するということは、キリストが教会を、十字架を通じてその究極的な愛を示されたように、パウロ自身もキリストの心臓を持って愛している、ということなのです。パウロの祈りは口先での祈りではなく、心のそこからの祈りだったのです。わたしたちは祈りますとよく言うのですが、それは単なる挨拶の決まり文句みたいなものではなく、本当は心を尽くすことであり、また相手に対するキリストの心臓を与えるものであることが分かります。祈るということはキリスト者同志間の愛の挨拶なのです。

　　イエス・キリストの心臓に基づいたパウロの祈りは究極的には「神の交わりの完成」を願う祈りであったのです。９－１０です。「わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように。そして、キリストの日に備えて、清いもの、とがめられないところのないものなり」。

　　ここで注目したいのは「見分けられるように」という言葉です。ギリシャ語ではtokimazoと言うのです。これは「承認する、分別されたものにする」の意味の言葉です。特に、tokimazoはコインを分別するときによき使われた言葉です。分別されたコインは、本当のお金として使われることができるのです。パウロの祈りは、①教会が本当のキリストの教会として分別されること、②教会が本当に重要なことが何か、といった問題を間違いなく、分別することができること、こういった意味がパウロの祈りに込められていたのです。つまり、常に神の交わりに与っていることを、フィリピの教会にとって何よりも大事なこととして重んじるように、このような思いがパウロの祈りにはあったのです。

　　教会が人間の集まりであるかぎり、様々な問題と戦わなければならないのです。人間の思いを越えた問題が訪れてくるとき、パウロのいう通り教会には「分別のできる力」が必要になります。そのとき、何に基づいて、問題を解決すればよいのでしょうか。それは、いうまでもなく、神に与えられた神の恵みとしての交わりを成就するものなのか、といったことではないかと思います。いくら自分の意見や考えが正しいもののように判断されたとしても、もし、それが教会の交わりを危うくするものであれば、それは神の知恵、分別の力として用いてはいけないのです。逆に、人間的な立場からみれば、ある考えが惨めなものと見えても、それが教会の交わりを豊かにするものであれば、それは神の知恵、分別の力なのです。

　　詩篇１００編の詩人はこう讃美しました。「知れ、主こそ神であると。主はわたしたちを造られた。わたしたちは主のもの、その民、主に養われる羊の群れ」（３）。神の思いが働くところが教会であり、その神の思いの働きによって、また私たちの交わりは豊かな実を結ぶ交わりとして、成し遂げられていくのです。


　　現代の社会お特徴を一言で言うならば、「対話の断絶」と言えると思います。兄弟間の対話の断絶、夫婦間の対話の断絶があり、言い争いが生じ、殺人まで走ってしまっているのです。対話が断絶されているから、互いを理解しあう交わりをもつことがなかなか難しくなっています。自己本位的な方向に向かって猛スピードで走っているのです。このような時代に神の交わりに与っている教会としての私たちの意味はどこにあるのでしょうか。それは、本当の交わりを示していくことではないでしょうか。そして、神の恵みとしての交わりがこの世においても成就されることを祈ることではないでしょうか。

　　このような交わりの中で、感謝と祈りをもって参りたいと思うのであります。