詩篇９７：１０－１２　　　　　　　満たされる喜び　　　　　　
フィリピの信徒への手紙１：２７－２：４



　　問題の所在
　　テサロニケの信徒への手紙一５：１６には、皆さんのよくご存知の「いつも喜んでいなさい」という箇所があります。そして１８節には、わたしたちがいつも喜んでいることが、「神が望んでおられることです」、とあります。

　　わたしたちが喜びの中で生きる自体が「神の御旨」である、ということはよく分かります。しかし、いつも喜びの中でいることが出来るのでしょうか。現実に目を転じると、悲しい現実ばかりでしょう。どう喜んでいればよろしいでしょうか。果たして、喜びの中でいることが、神の御胸であるならば、果たして、神が望んでおられることを実践することができるのでしょうか。そのような喜びをわたしたちが作っていくことができるのでしょうか。こうしたことは、わたしたちが共通的にもっている信仰的な悩みではないかと思います。今朝は、フィリピの信徒への手紙１：２７－２：４を通じて、信仰的な悩みに対する答えを聞いて参りたいと思います。


　　福音に相応しい生活（１：２７－２８）
　　使徒パウロは２７節において信者の倫理的標準を示しています。それが「福音に相応しい生活を送ること」なのです。これはパウロが２８節において言っている「神の救いを示すこと」であり、また「神による行い」なのです。パウロによると「福音に相応しい生活を送ることは神によってなされる神の行い」だと言えると思います。

　　パウロのいう「福音に相応しい生活」とはキリスト者が成し遂げるべき崇高な使命であると同時に、キリスト者だけに与えられた特別な権利なのです。エフェソの信徒への手紙４：１です。「そこで、主に結ばれて囚人となっているわたしはあなたがたに勧めます。神から召されたのですから、その招きに相応しく歩みなさい」。ローマの信徒への手紙１６：２です。「どうか、聖なるものたちにふさわしく、また、主に結ばれている者らしく、彼女を迎え入れ、あなたがたの助けを必要とするなら、どんなことでも助けてあげてください」。テサロニケの信徒への手紙一２：１２です。「呼びかけて、神の御心にそって歩むように励まし、慰め、強く勧めたのでした。御自身の国と栄光にあずからせようと、神はあなたがたを招いておられます」。

　　この「福音に相応しい生活」は神によって定められた生活方式であります。そのような意味で「福音に相応しい生活」とは、「福音によって持たされた神の恵み」なのです。その恵みを実際の生活の中で、目で確認し、心で感じるのであります。つまり、パウロのいう「福音に相応しい生活」というのは、わたしたちが神の恵みを体験できる地位に上っていることの意味であり、福音を通して現す神の恵みの恩恵を頂いていることの意味なのです。

　　では、わたしたちは「福音に相応しい生活」を通じて実際に何を感じ、確認しているのでしょうか。それをパウロは、２７節の後半から２８節の前半にかけて教えているのです。「あなたがたは一つの霊によってしっかり立ち、心を合わせて福音の信仰のために共に戦っており、どんなことがあっても、反対者たちに脅されてたじろぐことはない」。「しっかり立つこと」は、堅固な信仰、つまり左右されない信仰を指すのです。「共に戦うことと脅されてたじろぐことはない」ことは、獅子のような勇気を指すと思います。言い換えれば、これは、聖霊による「内的団結」、つまり「聖霊の働きによって一つにまとめられること」なのです。

　　わたしたちが「福音に相応しい生活」を通じて実際に感じ、確認できることは、福音の信仰のために、共に戦うことであり、それを通して教会が主によって一つに結ばれていくことなのです。わたしたち、また教会が戦うこと、いわゆる信仰的な抵抗というのは、わたしたちのほうから出るものではなくて、神のほうからくるものなのです。教会の様々な問題を解決させることもわたしたちの「頭の中の知恵」ではなくて、神が与えられる「神の知恵」なのです。そのような知恵と抵抗といったものを通じて、わたしたちは神によって結ばれていることを確信するようになり、それをまた教会の外側に現すことができるのであります。


　　神の恵みとしての苦しみ（１：２９－３０）
　　２９節ですが、パウロはフィリピ教会の信徒へに「神の恵みとしての苦しみ」について語っているのです。「つまり、あなたがたは、キリストを信じることだけではなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです」。３０節の後半においてパウロが受けてきた同じ苦しみをフィリピ教会の信徒たちが受けており、同じ信仰的な戦いをしていると言っているのです。パウロが「神の恵みとしての苦しみ」について語られたのは、先ほど申しましたように、彼の中に、神の救いを示すものとしての福音に相応しい生活といった考えがあったからだと考えられます。

　　キリスト者にとって苦しみというのは神の恵みなのです。神の救いによって「福音に相応しい生活」ができるようになったことが、キリスト者たちに与えられた神の恵みだとすれば、その結果として与えられる苦しみというのも神の恵みだといえるでしょう。２９節の「与えられている」は、ギリシャ語で「ekariste」というのです。この「ekariste」は、ギリシャ語で恵みを表す「karis」という言葉から成り立った動詞なのです。ですから、この「ekariste」意味は、「恵みが与えられている」という意味です。主イエス・キリストに対する忠節のため、社会から排斥されること、またそれに伴うわたしたちの苦しみは、わたしたちの精神、または肉体を苦しめるものではなく、むしろ、それは、今も与えられている、そして将来、与えられる神の恵みであることが分かります。苦しみはわたしたちが避けるべきものではなく、それに積極的に向かって、それと取り組んでいくべきなのです。

　　聖書はわたしたちに苦しみが与えられていると語っています。テサロニケの信徒への手紙一３：３「このような苦難にあっていても、だれ一人動揺することのないようにするためでした。わたしたちが苦難を受けるように定められていることは、あなたがた自身がよく知っています」。テモテの手紙二３：１２「キリスト・イエスに結ばれて信心深く生きようとする人は皆、迫害を受けます」。

　　しかし、わたしたちが受ける迫害、また苦しみはわたしたちだけが受ける苦しみではないのです。キリスト者は、その苦しみをキリストと共に受けるのです。使徒言行録９章を通じてわかるように、イエス・キリストが教会の迫害、苦しみを分かち合っていたからなのです。わたしたちの苦しみをキリストは共に受けているのです。耐え難い信仰的な戦いはわたしたちだけが戦っていくのではなく、キリストが共に戦っていくのです。ですから、最も正確に申しますと、わたしたちがキリストのために苦しみを受けるのではなく、キリストが受けておられる現在の苦しみに、わたしたちが参加されるのです。わたしたちは十字架に架かることはできないが、今、現在、教会、あるいは個人に訪れている「苦しみみたいなもの」あるいは「信仰的な苦労」を通じて、イエス・キリストが受けられたそのほんのわずかの苦しみに、参加することはできるのです。


　　満たされる神の喜び（２：１－４）
　　聖霊の働きによって一つに結ばれ、キリストの恵みとしての苦難に共に参加するわたしたちには、その恵みの証として「喜び」というものが訪れるのです。２：１－２においてパウロはこう語っているのです。「そこで、あなたがたに幾からでも、キリストによる励まし、愛の慰め、霊による交わり、それに慈しみや憐れみの心があるなら、同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせて、思いを一つにして、わたしの喜びを満たしてください」。パウロはフィリピ教会の信徒たちに、教会が一つになって、内的に団結して、福音の戦いを続けることを勧めているのです。そのようなことがパウロの喜びだと言うのですね。言い換えれば、パウロは、フィリピ教会が戦うことのできる教会として立たせることは、その教会としては恵みをいただくことですが、それを聞いているパウロにとっては、喜びが満たされることだ言うのです。

　　パウロが１節でいう「励まし、愛の慰め、慈しみと憐れみ」というのは、２：５節以下において語る「イエス・キリストの人格」を指すことだと考えられます。それは、３－４節でパウロが言っているように、相手を自分より優れた者と考えることであり、他人のことに注意を払うことなのです。そして、パウロはこれらのことは実際、イエス・キリストに見られるものだと言っています。つまり、「励まし、愛の慰め、慈しみと憐れみ」というのは、新しいものではなく、すでにキリストの中にあったものなのです。こう考えてみますと、キリスト者にとって「喜び」というのは、「満たすもの」ではなく、キリストによって「満たされるもの」なのです。このようなものが３節の教会内部、あるいはキリスト者個人の信仰的な悩みの答えとなります。

　　いわゆる、教会の統一性を危うくさせるものの中で一つが「利己心と虚栄心」なのです。「利己心」というのを、ギリシャ語で「erideia」と言いまして、１：１７の「自分の利益を求めること」と同じ意味で、そこにも同じギリシャ語が使われました。この「erideia」というのは、「自分の利益やあるいは、自分が属している派閥の利益のために、互いに争うこと」、あるいは「口喧嘩」なのです。

　　争いは悲しみを生みます。分派は、キリストにある交わりを妨害させるものです。教会の統一性を保つために必要なものが「相手を自分より優れた者と考えること」であり、「他人のことに注意を払うこと」なのです。特に、「他人のことに注意を払うこと」ということばの本来の意味は、自分の「目標」としなさいという意味です。キリスト者は、同じ信仰を告白している同志のいいところと資質を観察し、それが教会でタラントとして使われるとき、認めるべきであり、そしてそれをまた自分の生活においても生かされるようにしなければならないのです。

　　神様がイエス・キリストの十字架のおいて罪深いわたしたちを「よい者」と認めてくださったことは、わたしたちの喜びの元なのです。そしてまた、その喜びによってわたしたちは今日を生きているのです。わたしたちは、神の救いの喜びによって生かされているのです。わたしたちは神の喜びによって支えられているのです。わたしたちが「目標」とするもの、つまり、「相手を自分より優れた者と考えること」また、「他人のことに注意を払うこと」は倫理を意味するのではなく、最も大きな喜びを味わうことのできる神の喜びなのです。そして、それを「目標」としていくことの中で、本当の意味での神の喜びが満たされるのです。わたしたちが互いに、イエス・キリストを現すことによって、神の喜びが与えられるのです。

　　詩篇９７：１２節で「神に従う人よ、主にあって喜び祝え」と書いてあるのですが、本当の意味は、「神の故に喜べ」そして「感謝しなさい」と意味です。わたしたちに与えられている喜びというのは、わたしたちが作るものではありません。まして「福音に相応しい生活」を送るから訪れてくるものでもありません。また、わたしたちがキリストの苦しみに参加するから与えられるものでもありません。むしろ、神の喜びはキリストにあって神に救われた者だから、そして今も、その神に支えられ、生かされていることによって与えられる神の恵みなのです。神の恵みによって福音に相応しい生活」を送ることができ、神の恵みによってキリストの苦しみに参加することもでき、そしてその恵みによって互いに支えあうこともできるのです。これらの恵みによって行われることがまたわたしたちに神の喜びを満たしてくれるのです。

　　神の喜びが常にわたしたちの生活の中に満たされることを祈りましょう。