使徒言行録８：２－４　　「終わりではない」　　


　　問題の所在
　　ご存知のように、この箇所はステフラノの殉教以後、ユダヤ人によって行われた「エルサレム教会に対する迫害」を記しております。キリストの教会は迫害の歴史だと言っても過言ではないと思います。それはキリスト教の教会が迫害によって始まり、迫害と共に成長し、迫害によってキリスト教の宣教は進められてきたからなのです。教会に対する迫害は教会の存立を危うくさせるものでした。しかしながら、教会は現在においても、生命を維持しております。

　　教会に対する迫害、また殉教の血は決して無駄なものになりません。キリストの教会は「殉教の血」という岩の上に建てられるのです。人間の目には「殉教」また「迫害」は教会の未来の闇と見えるかもしれません。しかし、神にとって「殉教」また「迫害」というのは教会の将来を照らす「光」でありますし、教会を強める「神の器」とも言えるのです。まるで土の中の無用な鉱石が「火」によって精錬されることと同じように、「迫害」というのは、教会、またキリスト者らの信仰を鍛えるものと言えるのです。

　　私たちは今、迫害らしい迫害は受けていないでしょう。しかし、迫害のような私たちの信仰を危うくする危機に直面していることは間違いないことでしょう。時々、私たちはいわゆる「誘惑」に陥ってしまうときもあるのです。ある時には「イエスを信じることが果たして自分にどういった意味を持つのか」という懐疑に陥るときもあるのでしょう。ある時は、自分のみが一番不幸な生活を送っていると悲観したこともあるのでしょう。いわゆる「明るい闇」の中に陥っている、自分に気づかれているのでしょう。信仰的な危機が私たちをいつ襲ってくるのか分からないのです。本日の箇所はまさに、そのような危機に直面している私たち、個人に、また教会に、一つの生き方、また答えを示しているのです。


　　神にとって終わりではない
　　まず、この箇所を通して神が教えていることは、いくら大きな迫害であっても、「神にとっては終わりではない」ということなのです。１節をみてみますと、「その日、エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行った」と記されております。一見、教会が滅ぼされたように見えます。しかし、４節をみてきださい。「散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた」と。エルサレム教会に対する迫害は、ユダヤ全地域の福音宣教の始まりとなりました。ステフラノの殉教は福音宣教の終わりを告げる出来事ではありませんでした。ユダヤ人は、計画的にエルサレム教会を迫害しましたが、イエス・キリストの福音は「神の計画」によって、遠いところまで、広く広がって行ったわけなのです。迫害は神にとって「新しい始まり」でありました。迫害は福音宣教のために用いられた「神の器」だったのです。教会に向けての神の経綸をみることができるのです。私たち、あるいは教会が迫害みたいな大きな問題、または壁にぶつかっているとき、私たちが覚えなければいけないことは「神には終わりがないこと」、神の福音宣教のために用いられる「器」であることなのです。


　　目を開くこと
　　次に、信仰的な危機によって、わたしたちは「新たな目が開かれる」のです。それは神が私たちのために働かれてていることを見るようになるのです。迫害、あるいは信仰的な危機に直面している時、それを克服するために闘うのは「私たちのみ」でしょうか。実はそうではありませんね。神は信者が迫害されるとき、共に戦うのです。私たちが危機に直面しているとき、神は私たちの後ろに居られ、共に戦い、私たちの代わりに働かれるのです。

　　列王記下６：８以下をみますと、アラムと北イスラエルとの戦いということが書かれております。イスラエルはアラムの王の軍隊に包囲されていました。神の預言者エリシャの従者は「どうすればよいのだろうか」と恐れていたのです。しかし、エリシャは「恐れてはならない。私たちと共にいる者の方が、彼らと共にいる者と多い」と言いました。エリシャの従者は現実的に攻めてくるアラムの王の軍隊を見ましたが、エリシャは「神の軍隊」をみていたのです。エリシャはこう祈るのです。「主よ、彼の目を開いて見えるようにしてください」と。主によって従者の目を開かれから、エリシャの従者は「火の馬と戦車がエリシャを囲んで、山に満ちているのを見ました」（６：１７）。

　　信仰とは「現実を克服させる神の力」です。私たちは常に計算的であって、例えば１プラス１は必ず２にならなければならないと思うのです。３になってはいけないのですね。またそうしたことを考えることをもできません。私たちが神に対して信仰の表現として１を出すのならば、神からも１が出されるのです。しかし、私たちが出す１と、神が出す１とは本質が違うのです。私たちの１はいつも１ですが、神の１は「ある時には２にもなりますし、１００にみなれるのです」。信仰とはその１を１として信じることではなく、１００にもなれることを信じることではないでしょうか。そのような目が開かれなければなりません。

　　使徒ヤコブは「あなたの中で知恵の欠けている人がいるならば、誰にでも惜しみなく、とがめだてしないでお与えになる神に願いなさい。そうすれば与えられます」と勧めております。「迫害」あるいは「危機」に直面したとき、私たちは「私たちを囲んでいる神の火の馬と戦車」をみる「目」が必要です。常に、神の「基準」をもって、判断していくことが必要でしょう。


　　神の恩寵のチャンネル
　　第三は、迫害は神の恩寵を経験できる「恩寵のチャンネル」である、ということなのです。冒頭において、迫害は「神の福音宣教の新しい始まり」であったことを申し上げました。福音とは「キリストの十字架の恩寵」を指す言葉です。それは「神の救いの恩寵」の意味です。散らかされた使徒たちによって、神の福音は宣べ伝えられたのです。まさに彼らは神の恩寵の通路だったのです。それを可能としたのは、迫害でありました。

　　コリント信徒への手紙二１１：１６－３３をみると、パウロは自分が苦労されたことを「誇り」としています。２４節以下の御言葉ですが、そこでパウロは「ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭（むち）を受けたことが五度、鞭で打たれたことが三度、石を投げつけられたことが一度、難船したことが三度、苦労し、骨折って、しばしば眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べずにおり、寒さに凍え、裸でいたこともありました」と、告白しております。まさに、伝道者としてのパウロの人生は、「苦難、そのもの」でありました。けれども、それは単なる「苦難」で終ったものではなく、神の「恩寵を告げ知らせるための苦難」だったのです。

　　使徒言行録８：５節以下をみると、サマリア町に神の福音が告げ知らせるのです。フィリポの働きによって神の福音はもちろん、病が癒される奇跡をも起こりました。自分に預けられた「恩寵」また「神の喜び」を分かち合うことができたのであるのです。私たちが受けた迫害、あるいは信仰的な危機は、私たちにして「新たな神の恩寵を経験させる機会」であり、「その恩寵を告げ知らせる機会」にもなるのです。


　　「ぺロモン」としての迫害
　　ベルナル・ベルベルという人が書いた「蟻」という本があります。そこで彼は「ホルモンとぺロモン」のと特徴やその違いを紹介しています。ご存知のように、「ホルモン」というのは、人間が恐怖、あるいは喜び、怒りを感じるときに、体内に分泌されるものですね。このホルモンの分泌によって、人間の心臓の動きが早めになり、汗をかいたりするのだそうです。人間の感情はホルモンの分泌によるもので、体内の変化に影響を与えるのです。

　　ところが、蟻の場合、人間のように体内で循環するのではなく、ホルモンが体外のほうに分泌されて、他の蟻に影響を与えるのだそうです。それで、一匹の蟻の感情が数多くの蟻に伝えられるのです。このとき分泌されるホルモンを「ぺローホルモン」「ぺロモン」と言うのです。

　　私たちにとって「迫害」また「信仰的な危機」はまさに「ぺローホルモン」「ぺロモン」のようなものです。自分の中で閉じ込む信仰は、意味のない信仰です。危機を乗り越えた恵みを私たちは分かち合うべきなのです。私たちにとって「迫害」は、神の恵みを流せるパイプであり、神の恩寵を告げ知らせる「大きなチャンス」です。

　　信仰的な危機に直面していたとき、挫折、あきらめるのではなくて、その時こそ「神には終わりはないこと」、また「新たな目が開かれること」、さらには「恩寵のチャンネルであること」を覚えましょう。「迫害」や信仰的な危機は私たちと神とを最も近くにつなぐ神の「恩寵」であり、福音宣教のために神に用いられる「器」です。